広島高等裁判所松江支部 昭和31年(う)159号 判決
判決理由〔抄録〕
原判決は加茂路線の開通後日が浅いため自動車が停車すると附近の幼児等が物珍しさからその周囲に集まり車体に捉ったりすることがしばしばであったから、これらの幼児等が、運転者席から死角に当り、自動車の発進により死傷の事故を発生する虞ある地点に立入らないとは保し難い事情にあり、さすれば平素しばしば同路線を運転しかかる事情に通じているべき被告人としては自動車の発進に当って事故の不知の間に死角圏内に立入っている幼児等のあることを虞って同乗の車掌をして十分に危険のないことを確認せしめて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったものとしているのであって、所論の如く物珍しさから幼児等が自動車の周囲に集まり車体に捉って自動車の発進に当ってはこれらの幼児等を避譲せしめざるべからざる緊急急迫な事情があったとしているのではない。もし所論の如き事情の下において幼児等を避譲せしめることなく発車して幼児等を死傷に致したものとすれば運転者は少くとも未必の故意を以てこれらの幼児等を殺傷したものと認めるのが相当である。而して所論の列記する原審証人荒木義久以下の各供述調書によれば、右加茂路線は昭和二九年八月一日開通し本件事故に至るまで三個月の日時を経過していたのであるが、自動車の周囲に集まり車体に捉まる幼児等は日を経るに従って減少していたのは事実であるけれども、本件事故の当時においてもなおしばしば右の如き幼児等のあったことを肯認するに十分である。幼児が自動車に対し好奇心を抱く反面多大の恐怖を覚える事実のあるべきこと、注意深き保護者は平素幼児に対し自動車に接近しないよう注意を与えていること及び本件事故現場より遠くを隔てない地点を十数年前より他の路線の定期旅客自動車が運行せられていることはまことに所論のとおりであると認められるけれども本件発生の当時は本件現場において停車した自動車のあるとき幼児等がしばしばその周囲に集まり車体に捉まったりすることのあったことは前記証人等の多くが一致して本件事故の前後によりかかる事情が一変した旨の供述をしていることに鑑みても到底否定し得ないところと認められる。